「人生街道 舞山21とは」


 

飛騨街道の難所といわれた"袋坂峠"に、袋坂トンネルが1985年12月、続いて88年5月に杉洞トンネルが開通してしまい'こらあかん'と感じた。村の歴史が未来がトンネルの中を便利さというスピードに乗せられスーと一直線に消え去るような気がしたからです。このとき、飛騨街道沿いの昔の生活風俗を学びながら現代生活のあり方を見つめていきたいという気持ちが無性に込み上げ「人生街道 舞山」第1号を通信(個人日記)形態で88年9月に発行しました。
飛騨街道沿いでは小高い山の斜面を登り終えたところに、ほんのわずか広場となっているところが点在します。その広場は農作業を終えた村人が酒を飲み交わし夜明けまで踊り舞った場所らしい。
ちょうど関市方面から来て袋坂トンネルを抜けると「前山」という地名の集落があります。トンネルが開通した頃、前山地区の山の斜面を四つんばいに這っていくと立方状に石が積まれ田んぼの跡地らしい広場に着いた。その広場でも村人の舞いが繰り広げられたため村全体が「舞山」と呼ばれ、それがいつのまにか前山という地名の集落になったと聞かされ、何となく通信名を「舞山」に決めました。
袋坂峠も前山地区も岐阜県益田郡金山町の『菅田』(すがた)集落に入り、この菅田は私が生まれ育ったところであります。
あくまで自分の道楽の範囲で「人生街道 舞山」は1999年1月で第96号まで発行しましたが、今後はホームページにおいて新生『人生街道 舞山21』を発信することになります。これまでの発行体験から編集の根底を流れるは

▽ 現代社会と人のドロドロさを描く
▽ 現代社会と人のヌメヌメさを描く
▽現代社会と人のサバサバさを描く
▽日本の川の流れと川沿いの生活風俗を見つめる
▽ 魚、動植物の叫びを聞く

といったところです。

 


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