アジメ博士 丹羽彌氏

飛騨金山七河川合流博覧会 プログラム第2弾では

<昭和天皇お召し上がりアジメ料理再現>をサブタイトルに盛り込み、昭和33年10月26日に昭和天皇が

下呂温泉「湯之島館」に宿泊され、アジメ料理を召し上がられるまでの経過をアジメ博士 丹羽彌氏「昭和天皇アジメ料理献上記」を元に私が読み解いた。

昭和33年に湯之島館で昭和天皇が召し上がられた御献立の

アジメ料理法は「飴だき」献立表には「味女 針生姜入り飛騨煮」と印刷され、

<アジメドジョウ>の表現はない。

今回の魚忠の御献立はあくまで魚忠の創作オリジナルだが、

魚忠の<あじめ赤煮>はまさに昭和天皇が召し上がられた<針生姜入り飛騨煮>である。

 

アジメ博士「丹羽彌」の昭和天皇アジメ料理献上記を読み解く

<岐阜県の農業第9巻第10号・11号> 昭和34年10月・11月掲載

作成者:岐阜の川人文化研究会 長尾伴文

丹羽彌(にわ ひさし)

岐阜県下野村出身(恵那郡福岡町下野:現中津川市)

福岡町名誉町民第1号 明治23年生まれ 故人

アジメドジョウ

かつてシマドジョウと同一種と思われていた本種は、昭和12年(1937年)に初めて丹羽彌博士により新種として発表された。

 

【読み解き年譜】

【昭和22年10 月14 日】

丹羽氏は、信州松本の御泊所でヘボ(蜂の子)が出され昭和天皇が大喜び、翌朝の弁当の中にもヘボが入れられた情報を入手。

蜂類研究者でさえ蜂を食べることを嫌っていたのに、天皇陛下がヘボで大喜びならば「アジメ」はきっとお召しいただけると自信を得る。

 

【昭和33年4月6日】

第8回全国植樹祭(谷汲村)が開催され、丹羽氏は「長良川の魚類」調査を進めており、アジメドジョウを食べさせようと思うが、4月アジメは産卵後で痩せてまずいことで、心理的に断念。

 

【昭和33年4月7日】

植樹祭翌日7日、丹羽氏は天皇陛下異例のお召しにより御泊所の岐阜市万松館にて、アジメドジョウ関係の標本につきお話し申し上げる。

侍従の1人が「アジメはどうして食べるのがいちばんおいしいですか」と質問。「いつか機会を得てぜひ一度アジメをお召し上がりいただきたい、そうすればアジメも喜び、アジメをお国自慢としている岐阜県民はこの上なく光栄とする所でございます」と丹羽は無遠慮にお願い申し出る。

 

【昭和338月11 日】

新聞各紙が今秋10月26日、天皇皇后両陛下が下呂温泉一泊のご予定を報道。

丹羽は「アジメの最も美味となる季節、下呂はアジメの多産地かつ珍重している地区」これこそ天来の福音・天与の恩恵と感じる。

 

<丹羽の行動>

○早速、皇居侍従と岐阜県武藤知事などへ天皇陛下アジメお召し上がりの御願状を書く。

益田川漁業協同組合、宮川漁業協同組合、庄川漁業協同組合の代表者へ連絡し賛同を得る。

 

【昭和33年9月】

県当局と宮内庁の打合せにより

宮内庁当局から「アジメドジョウは天然記念物的なものではないか。

もしそういうものだとすると陛下はお喜びにならない。もし差し上げるとしても1~2匹までにするように」との返事を受取る。

 

<丹羽氏の心配>

○10月はアジメの美味しくなる旬であるが、10月末はアジメ漁最盛期を過ぎている。

○益田川、宮川、庄川の3漁協が果たしてアジメの確保、運搬できる体制を整えることができるだろうか。しかし3漁協は万全の態勢とれると返事。

○お召しいただけるアジメ調理法を如何にすべきか。

 

【昭和3310月20 日】

丹羽氏は、益田川漁協、宮川漁協、庄川漁協代表者と湯之島館を訪ねる。

料理主任は湯之島館の佐野友一氏が担当することを知る。

佐野氏の意見により料理法は「飴だき」に決定、

献立表には「味女 針生姜入り飛騨煮」と印刷された。

 

【昭和3310月26 日】

湯之島館は、益田川、宮川、庄川から届けられるアジメを受取る。

9:30→まず益田川漁協献上アジメが届く。この日は益田川大氾濫で急きょ、馬瀬川産アジメに替る。

11:00→庄川漁協献上アジメが届く。朝5時ハイヤーで出発。庄川、白鳥、八幡、金山ルートで途中水を換えながら全部ピチピチに生きている。

11:00過ぎ→宮川漁協が宮川支流川上川産(清見村福寄)と馬瀬川最上流産のアジメを別々のヒゴに入れて持参。

 

○3漁協のアジメが数匹ずつ水槽に入れられ、あとは全部料理主任の佐野氏に渡される。

15:00 天皇・皇后両陛下下呂駅プラットホームに着。

16:00 湯之島館に着。

16:35 丹羽氏が湯之島館に入る。入江侍従と面会。

すでに天皇は水槽のアジメドジョウを珍しく眺められている。

 

丹羽氏は、拝謁室(はいえつしつ)雲井之間にてアジメ講話と益田地方の風土を伝える。

○本日お召し上がりのアジメは3漁協からのものであること。

○裏日本と表日本のアジメの縞模様地方的変異について。

○アジメドジョウの漁法「アジメ穴」と漁具「アジメウエ」について。

 

天皇陛下からの質問

○アジメが今、特においしくなるのはどんな理由があるのか。

○益田風土説明で天皇陛下は「あっ、そう」と一言。

 

丹羽氏の料理法について言ったこと

○私は岐阜市万松館ではアジメを串焼きにして半ば乾燥させ吸物にする<アジメの吸物>をすすめましたが、佐野氏がアメだきに決めたこと。

 

入江侍従の質問

「天皇は水槽の生きたアジメを心配している。後はどうなるか」

丹羽氏の応え

「益田川馬瀬川産は近くなので逃がします。宮川、庄川アジメを馬瀬川、益田川へ放しては自然分布を乱すためフォルマリン固定で研究標本にします」

入江侍従

「それならよろしい」

○陛下は他の魚類研究で手一杯でアジメにまで研究の手を伸ばすことはないこと。丹羽博士が研究のためにアジメを捕獲し、業者が生活のために漁獲されることは少しも差し支えない意が宮内庁から届く。

 

【昭和33年11 月7日】

入江侍従から丹羽氏へ、「天皇はアジメ料理、大変に珍しく非常に満足していただけたと」と手紙が届く。

 

佐野友一氏の証言

「両陛下にはアジメを7匹ずつお付けしました」

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